東京公演が明後日2/8、9に控えているTEDESCHI TRUCKS BAND。私は2004年の6月にDerek初の来日公演(厳密にはそれより以前に来日したものの演奏できなかったという話があるらしいのですがー)の際にインタビューしました。結局数ヶ月間ネット媒体には載ったものの、紙媒体には「余りにも無名だ」「オールマン・ブラザーズがまだ活動してるなんて知らなかった」などと言われ全部断られてしまいました。
まあ今思えば「本当に見る目がねぇーな。。。」とは思うのですが、まだ『Joyful Noise』をリリースした直後でメジャーになる前、アーカイブがキレイに残ってたのでここで再掲載してみようかと思います。2004年6月2日のインタビューです。
デレク・トラックスは幼い頃からブルースやR&Bの流れる家に育ち、9歳でプロとしてデビュー、10代半ばには自身のバンド、デレック・トラックス・バンドを結成、ほぼ時を同じくサザンロックの代表的なグループ、オールマン・ブラザーズ・バンドに迎えられた才能の持ち主である。
「トラックス」という“性”を名乗ることから、長らく彼のプレイを直接聴いたことのないリスナーにはちょっとした誤解があった。それは偉大な叔父でありオールマン・ブラザースのオリジナル・メンバーである“ブッチ・トラックスの甥”という肩書き。デビュー当時は本国アメリカのメディアでも、この若くて有能なギタープレイヤーを説明するために、毎回そのような紹介文が踊っていた時期もあったが、音楽的成熟度が増すにつれてそんな言葉はどんどんと払拭されていった。「今アメリカのギタリストで最も有望なプレイヤーは?」と聞いたら間違い無く彼の名を挙げる人は多数いるだろう。そんなデレックのルーツ、そして音楽観や現在の活動を取り巻くシーン等について聞いてみた。
■ 凄く昔の事から質問したいと思います。バイオグラフィーによると9歳からギターを始めて12歳で初めてのバンドを結成したと。また音楽的ルーツがブルース・ギターのエルモア・ジェイムス、デュエイン・オールマンも勿論そうですが、最初から彼らの音楽を演奏したり、またはコピーしたりしていたのですか?
デレク・トラックス:彼らの曲をコピーしたという経験は無くて、単純に家で聴く機会が多かったので、直接的に最も影響が出ていると思うよ。どんなアーティストでもそうだと思うけど、一番最初に影響を受けたミュージシャンが必ずいる訳で、ただどこかの時点で、その影響から離れなければならないというのもあるとは思う。いずれにせよ彼らから非常に影響を受けたのは確かです。
■ 最初に12歳でバンドを組んだ時はどんな音楽を演っていたのですか?
バンドはバイオにあるような12歳よりも実は前にやっていて、エイス・モーランドというオクラホマ出身のブルース・シンガーのバック・バンドを務めたことがあって、それはもう直球勝負のブルースバンドだったんだ。
■ デレクはブルース一筋でこれまで音楽活動を続けて現在24歳ですね。例えばあなたが学生の頃などを推測するに、へヴィ・メタルやオルタナティヴ・ロックといったクラスメイトが聴くような同年代の音楽には全く興味を持ったことはなかったのですか?
覚えてる限りでは、そういうものにはまった事は一度もなくて、家で流れていた音楽、親が聴いていた音楽を気に入っていたので、脇道にそれる事無くここまで来ています。母がジョニ・ミッチェルのような女性シンガー・ソングライターが好きで、父の方はB.B.キングや、オールマン・ブラザーズ、デレク・アンド・ドミノス、バーズ、ボブ・ディランなんかを良く聴いていたので、僕はそういうものを聴きながら育って来ました。
■ フロリダのジャクソンヴィル出身ですよね?フロリダには長い間住んでいたのですか?
そう、そこより車で20分郊外のセント・オーガスティンで生まれて、それからはずっとジャクソンヴィルで育った。
■ フロリダという地域についてふと思いついた事で、あなたのキャリアを通じて演奏しているスライド・ギターの影響について、最近話題のセイクリッド・スティール・ギターというゴスペル音楽の演奏スタイルがありますが、その原点というか、総本山といわれるハウス・オブ・ゴッド教会の本拠地がフロリダにはありますが、もしかしたら子供の頃から身近に聴いていたのかな?と思ったからです。
実はセイクリッド・スティールに関しては直接的な影響は無くて、4-5年位前に初めて知ったくらいなんだ、もっと前から知っていれば良かったと思うんだけどね。
■ ソロ・プロジェクトに関しては、一般に言われるブルース、ゴスペル以外にも、ワールド・ミュージック、インド音楽や、ラテンなど様々な要素を取り入れていますが、そのような様々なものをソロ活動で取り入れようとした、もともとの経緯は何だったのでしょうか?
覚えてる限りは14歳か15歳位から、ワールド・ミュージックやジャズといったものを聴く様になって、そういうものを少しづつ自分の音楽の中に取り入れるようにして来ました。特に今に関してはバンドの誰か感動を覚えた音楽の要素を取り入れるようにというのは心がけていますよ。
■ ジャズに関しては1stアルバム『デレク・トラックス・バンド(1997年)』で、マイルス・ディヴィスの「ソー・ホワット」や、ウェイン・ショーター、 ジョン・コルトレーン等の曲をカバーして、ジャズに焦点を合わせた作品であったという印象があったのですが、その頃はジャズに相当のめり込んでいたみたい ですね?
そうですね、その時期はそういった音楽や、そのような音楽の響きに新しいものを発見し始めていて、色々な事を実験していた時期だと思う、同時にかなり聴きこんでいた時でもあった。
■ その時点でストレートなジャズに転身しようと考えてみた事はありませんでしたか?
頭の中では、そういうものを追い求める傾向はあったかも しれないのだけど、実際に自分のバックグラウンドが生まれた経緯や環境を考えると、あくまで自分の音楽は最終的にブルースが機軸になる事は判っていて、ジャズよりはブルースという意識は強かったと思うよ。勿論ジャズ以外にもベースになるものが存在しているし、そこから成長、進化し自分の幅を広めることはいつも やってきて、まさに成長している最中だと思う。それが音楽のいい所であり、常に絶え間なく新しいものを探していく所が、音楽の魅力だと思っているんで。もちろん昔のジャズのレコードなどを聴いて、自分の糧になっていることは間違いないと思うけどね。
■ 随分キャリアの初期の頃からインド音楽への影響を感じさせるフレースを弾いていることがあります、ご自身でも文献を読みながら精神性などを研究していると聞きますが、インド音楽に会った切っ掛けを教えてください。
アトランタにいるドラマーのジェフ・サイトという友達から紹介されて、アリ・アクバ・カーン(インド出身の世界的タブラ奏者)のビデオを見せて貰い本当に圧倒された。とても濃密な音楽であり、そのアンビエンスについて感銘を受けて、以来自分の中では重要な位置を占めている。もっともインドだけではなく、パキスタンなどアジア全般の音楽に興味があるのだ けど、実際演奏している人達に比べると、それほど研究しているとは思えない、とにかく今は色々聴くようにはして、学ぼうとしているんだ。
■ ジョン・コルトレーンにかなり傾倒していますよね。彼のインド音楽や瞑想と言ったものに影響された作品などからもインドへの影響というものはあるのでしょうか?
インド音楽に出会った時期に、コルトレーンもよく聴いていたアーティストの一人だったんだ。ほら、よく違う別々の道を歩いていたものがある時突然交差する瞬間があると思うのだけど、その時には大変感銘を受けて、彼の「インディア」という曲を聴いたり彼の伝記を読んで、彼がインドに興味を持っていたことを知り、同じ道を思いがけず歩いていた事を知ってとても嬉しい気持ちになったことを覚えている。
■ 最近のライブを見ても、多彩な音楽要素というのは常にデレク・トラックス・バンドには付きまとうのですが、ここの所、ヴォーカルのマイクが参加してからは、ソウル・ミュージックの要素を凄く感じるのですが、意識的なアプローチはあるのですか?
新しいメンバーが入ると魅力を引き出すことが、やっぱり一番大事だと思う。マイクが加入して、彼は年中カーティス・メイフィールドとかステイプル・シンガーズなんかを聴いているようなソウル好きだし、僕もオーティス・レディングが大好きで、そういう音楽をちゃんと表現豊かに歌えるヴォーカルがいるってことは、魅力を引き出すことは当然だと思うので。
■ ソウルの話だと一つ外せないのは、ソロモン・バークと共演していますよね?ジャムバンドの祭典である“ジャミーズ”というイベントでも共演してました。彼のような伝説的シンガーと共演するきっかけは何だったのですか?
僕のアルバム『ジョイフル・ノイズ』のエンジニアが、その前後にソロモン・バークの作品の担当もやっていた。そのエンジニアが ソロモンに僕らのバンドのラフ・ミックスを聴かせたら、とても気に入ってくれたという、そこで紹介して貰うことになり、そこで共演の話が出て来て、レコーディングをしたんだ。その後も連絡を取り合っているうちに、最終的にはライブでも初めて共演する機会にも恵まれた。とにかく彼のようなアーティストと、こ ういった形で触れ合う事が出来たのはとても幸運なことだと思います。「思い切って聞いてみれば以外と道は開けるもんだ」その時は本当にこの言葉を痛感したもんだよ。
■ 確かに彼は偉大な存在ですが、逆にデレクを通じて若いリスナーが彼の偉大さに気付くよい機会だと思いますが。
そうであれば非常に光栄です。スタジオに入った瞬間に彼はバンドの持つエネルギーというものに、とても共感を持ってくれてリコとコフィのコンビネーションに上手く溶け込んで、コフィの書いた作品も気に入ってくれました。こう言った伝説的なシンガーと共演できる機会はめったにあるもんじゃないし、その中でみんなハッピーであればとても嬉しい事だと思います。
■ フロッグウィングスではジミー・へリングとオールマン・ブラザーズではウォーレン・ヘインズなどと共演し、ツインギターで演奏する機会が非常に多いですが。そこで彼らのような熟練したギタリストに影響される事はあるりますか?
ギターに限らずあらゆるプレイヤーと共演する事によっ て、その相手の演奏やスタイルは自分に残るものだと思う。あのような素晴らしいギタリストと演奏することによって、特にオールマンなんかは毎晩演奏していると、お互いにフレーズを教えあったりして、ツアーの前半で僕が弾いていたフレーズを、後半ではウォーレンが弾いて役割が変わっているってこともあります し、ジミー・へリングに関して言えば、僕が11歳か12歳の時からずっと共演し続けているので本当に僕にとっては大きな存在ですね。
■ ソングライティング面ではどうでしょうか?今オールマンで一緒にやっているウォーレン・ヘインズという人は本当に素晴らしいソングライターだと思うのですが。
とりたてて影響を受けてはいないと思います。僕が書いて いる曲の出所は違う所から来ていると思いますし、オールマンのレコードでも作曲を皆で考えたりしていますが、僕の考える曲に関してはやっぱりオールマンぽくない。彼の曲は大好きで弾いていて楽しいものもあるのだけど、でも僕のスタイルとは少し違うと思う。
■スティーヴ・キモックに関しては知っていますか?来週来日(インタビューは5月22日に収録)する素晴らしいギタリストなんですけど、何度か共演していますよね?ギターのトーンはとてもクリアーでデレクとは勿論違うのだけど、スピリチュアルな点でも類似点を指摘する人もいるんですよね。
ユニークなプレイヤーだよね。僕はそこまでグレイトフル・デッドの音楽は聴いたことがなくて、ジェリー・ガルシアの演奏なども殆ど知らなかったんだけど、キモックを通じてそれらを知ったことは多い、インド的な部分やクラシカルな要素も入っていて、とても大好きなギタリストだよ。ジャムバンドのシーンの中でも特別な存在だと思う。確かに共通点はあると思うよ、彼の方向性、バンドとしての考え方など彼と重なる部分もあると思う。でも随分長い間彼とはあっていないので、是非また共演してみたいと思う。
■今ジャムバンドという話がでましたが、段々ちょっとしたブームになってきて、ミュージシャンの中ではジャムバンドと呼んで欲しくないという意見も出ています。元々ジャンルが無いものをジャムバンドと呼んでいたのですけど、今や固定観念が出来上がってしまっている印象があると思うのですが、その点については、どう思いますか?
どちらかと言うと僕もあまりジャンル分けとかは好まないタイプではあるのだけど、ジャムバンドはともかく、カテゴリーにはめること自体に抵抗はあるよ。僕ら自身が自分達の音楽を発見している最中なんで、今の段階で枠にとらわれたくない。どんな音楽でもムーヴメントになればある一定のレッテルを貼られて、どんどん音楽自体が変化していって今度はそのレッテルが変わって行くという過程の繰り返しだと思うし。ブルースやジャズも同じ事で、内容はいかようにも編成できた訳でマハヴィシュヌ・オーケストラとデューク・エリントンは同じジャンルだとは思えないしね、中には同じような要素はあるとは思うけどね。出来るだけ自分達はそのような所からは自由でありたいとは思っています。
■ そうなんだよね。私のような活字で表現する人間は、なんとかして言葉やジャンルで表現してしまうところなんですが、ミュージシャンとしてはレッテルは貼られたくない、このせめぎ合いは永遠のテーマみたいなもんでー(笑)
まあオーネット・コールマンの面白い言葉で「音楽について言葉で語るのは、建築について踊りで表現するようなもんだ」っていうのがある位だからね(笑)
そうとはえ、僕らは移動のバスの中でも色々な音楽を聴いてるんだけど、音楽を聴くにあたって音楽の背景を文章は言葉を通して知ることにより、その理解が深まる事は確かにあると思う。ある知らない人に、音楽を聞かせて、それが気に入るか気に入らないかは別にして、そこに至るまでの過程とか、音楽の背景などを知ることによって、その理解度が高まることは多いと思うんだ。
■ブルースといえば、昨年はアメリカではブルース生誕100周年でイヤー・オブ・ブルースなどと言われました、やっと日本でも映画ザ・ブルースが公開されることが決まって、流行の兆しがあります。去年一連のアメリカでのブルース・ブームの中で、これは周期的にくるのですけど、その前ってたぶんロバート・ジョンソンが流行った時でしたっけ。デレクのようにブームと関係無しに、ブルースを演奏して来た人にとっては、こういうメディア的な盛り上がりは、どのように思っているのですか?
こういうブームがあって、今まで注目されたことの無いブルースマンが再評価されて光が当たることは大変いいことだと思うけれど、実際何人かのハードコアな、どブルースな人たちに話を聞いて「実際変化があるか?」と聞いたら、実際はそんなに変化はないようで、そのように全く違った所でブームというものが動いているようだ。実際僕にしてもフェスティヴァルで、大幅な観客増員があったかといえばそうではないので、真実の所は若干ムーブメントというのは現場(ライブや本場のミュージシャン)と離れた所で起きているもの、とはいえ今まで光の当たらなかった所に当たるということは悪い事ではないと思う。
■ じゃあ少し軽い質問をさせて貰います。これまで、強烈にヤラれたというレコードが何枚かあったら教えてください。
それは沢山あるね…全部挙げたら何日間かかかるからね。ハウリン・ウルフを初めて聴いた時とか、コルトレーン、アリ・アクバ・カーン、ヌスラット・アリ・ファテ・ハーン、あとサン・ラなんかを聴いた時、初めての衝撃は凄かった。
■トリビュート盤ってもう長年も様々な形で出続けていますが。最近クラプトンがロバート・ジョンソンをトリビュートした作品をリリースしましたし、これからの長いキャリアで誰かのトリビュートをやってくれというオファーがあるかもしれません。今の気持ちで誰かをトリビュートするとしたら誰の作品をやってみたいですか?
そればかりは、毎日聞いたら毎日違った答えになると思うんだけどサン・ラのトリビュートかな・・・(笑)
■ 次はライブ盤をリリースしますよね。(日本でも発売予定)どのような内容になるのですか?
ジョージア・シアターで録音したもので、最近毎晩のライブをマルチトラックで録音していて、中でもとりわけ良かったものをリリースします。殆ど未発表の曲、例えばローランド・カークの曲とかかなり面白い内容になると思うよ。
■ ライブ盤って初めてですね。この時期にライブ盤をリリースするにはそれなりの意図があったのですか?
ずっとライブ盤を出したいとは思っていたんだけどね、新しいレーベルに移籍して、最初はやはりスタジオ盤を録音するというのはレーベルとも話しをしていたしね。ちょうど一年前位からライブ録音する為の十分な機材も揃って録音できる状態になり、今のバンドの状況を一番良く表せるいいタイミングではないかと思ってコアファンの為に出そうと思ったんだ。
■ 今後のスタジオ盤の予定は?
早くそれもやりたいと思っているよ。新しいヴォーカリスト、マイク・マティソンと早くスタジオ盤でやりたいというのもあって、今年の秋から年末位までに録音して、年明けにはリリースしたいと思っている。
■では最後に、最も漠然とした質問かつ永遠の質問ですが、昨日オーティス・ラッシュと同じ会場で演奏しましたね。オーティスは数ヶ月前に脳梗塞になり、そこから立ち上がって万全では無いものの、ステージに上がり最後には奇跡的に歌える状態までみせてくれました。あのような万全ではない演奏も僕はひとつのブルースの形、精神だと思うのですが。さて、あなたにとってブルースはなんでしょうか?
僕もオーティスがあんなに大変な病気になっていたことを知らなくて、実際大阪で初めてステージに立った時も非常に感動的だったんだけど。実際頭の中で音楽が鳴っているのに、それを表現できないという辛さと、その状態にあって人前に立つことの勇気に心を打たれたよ。ブルースというのは正にそういうことで、目の前にどのような障害があろうと、それを乗り越えていくことだと思う。彼が日本に来たこと自体がそれを証明しているのではないだろうか。ブルースという音楽を考えると劣悪な環境の中から奴隷制のど真ん中から生まれてきて、彼らにとっては自分達にとっての精神的な開放だった思う。そんな逆境を乗り越える為の音楽。今の世の中、嬉しいことばかりじゃないので、とても大事なもの、それがブルースという音楽だと思う。
2004/06/02 Text by Hideki Hayasaka