Bruce Springsteen by Jackson Browne
Jackson Browneが『1955-2005 Rock and Roll 50 anniversary』でBruce Springsteenついてエッセイを書いているので勢いで訳してみました。短いと思っていたら、結構手ごわく「勉強不足を実感・・・」いつもサラッとしか英文読まない人間なんで、軽い気持ちでどうぞ・・・そう言えばこの二人原発反対ライブ「No Nukes」で共演していましたね、写真見て思いだした。
元ネタ:Rolling Stoneのfeaturesより
Bruce Springsteen by Jackson Browne
あらゆる意味で、ブルース・スプリングスティーンはロックン・ロールを体現化した存在である。
アパラチア山脈のルーツ音楽、ロカビリー、ブルーズそしてR&Bなどの旋律を組み合わせたロックという音楽、彼の作品郡はそんなロックの持つ深い価値の典型のようなものだ−欲望、自由の模索、自分自身その天分への探求。彼は、歌の中で人生の中のちょっとした一場面でさえ劇的に、そして雄弁に写し出すことに情熱を惜しみなく燃やしている。
最初に彼の演奏を聴いたのはTHE BITTER ENDというニューヨークの小さなクラブで、前座バンドの一つだった。その時点で既に持ち前の描写力を持ち合わせていて、人の心を激しく打つ、そんな武勇伝は既にそこで始まっていたのだろう。
僕が「何処から来たのだい?」と尋ねたら、ブルースは、にやりとはにかむような笑みを浮かべながら「ニュージャージーからさ」と答えた。当時のニューヨーカー達はニュージャージーに関してちょっと小馬鹿にしたような冗談を言う事があり、そんな地域出身者の集団的コンプレックスがあったからなのだろうか、ブルースはちょっと恥ずかしそうに笑ったのだった。
次に、ブルースのバンドに会った時にはオルガンのデビッド・サンシャスが加わっていて、今までに見たことの無いような凄まじいパフォーマンスをしていた。―アコースティック・ギターをかき鳴らし、ステージいっぱいを使って踊り狂い、それに加えてアンプさえも使わない。それでも演奏の細部までが僕の耳に届いていて、本当にパワフルだった。でもあの時のお客さんは、本当に熱狂的だったから、もしかしたらあの体育館の中で演奏が聴こえていない人もいたのかもしれない。それは実にドラマティックな光景だった、彼の音楽へのアプローチ、そこからどんどん広がりつつある世界は、既にそこにあったのだった。
それから一年後かそれ以上経ってからだろうか、L.A.で再び見たブルースとマックス・ウェインバーグ、クラレンス・クレモンズ、そしてスティーヴ・ヴァン・ザンドの演奏は更に輪をかけて素晴らしいものだった。効果的に組み込まれたライティングやステージングを堪能した一日目に対して、二日目の夜も同様のものを期待していた僕は、全く違ったパフォーマンスを目の当たりにした、実に深みのある言葉が飛び交い、爽快な気分を引き立て、全ての人々に喜びと楽しみを与え、それまで彼と彼の音楽を知らなかった人達さえ引き付け訴えかける凄まじい力と、ストーリーテラーとしての魅力を持ち合わせていた。
ブルースは成長することに伴う矛盾や葛藤などのテーマを恐れず取り上げて行った。彼を支持するキッズ達、そして労働者階級のアメリカ人と同じ価値観を持った家庭的な男として―それは一貫した彼の作品のテーマであり、着眼点はいつも一人の人間とその人生の営みが基となっている。
例えば「ロザリータ」―少女の母親は、彼女のロッカー上がりの彼氏を嫌っている。そして父親も同じく彼のことが好きではない。それを承知の上で、彼は彼女を何かから救い出すかのように、家に迎えに行くのだ。
「リヴァー」では、彼女を妊娠させた男が19歳の誕生日に、労働組合の組合員証と結婚式に着る上着を手に入れる。その晩に、二人は河岸に行き飛び込むことで永遠の愛と誓う。しかし、そこに存在する葛藤や、永続しないであろう愛に対してもがき苦しむ様は「河に飛び込む」という行為に要約されている。ブルースの歌は、常にこのようなテーマで満たされている―しかしこれは彼が労働者階級の人間をモチーフにしているよりは、むしろ彼がそのような環境に育ったからなのだと思う。
彼の音楽のルーツはチャック・ベリーやゲイリー"US"ボンド、ディラン、ウディ・ガスリーである。だがそれ同様にモンゴメリー・クリフト、マーロン・ブランド、ジェームス・ディーンら、不明瞭ながら幅広く彼らの発言や態度にも影響を受けている。彼はいつだって広い視点を持ち続けている。彼の静かな曲に関しては、他の誰かが歌うのと何ら変わりはないのだけど、一旦大きな音で演奏させたら、彼に適うものはいない。彼の常にスケールの大きい演奏は、英雄的としか言いようがないのだ。
9月11日の悲劇が起きた時、ブルースはその事実を許容し、その題材を扱える数少ないソングライターの一人で、まるで教会のバンド演奏を聴くかのように、彼らの音楽に癒された人も少なくなかった。平和のタペストリーを織るかのように彼の音楽はそこにあった
彼は未曾有の危機にさらされたこの国において、白人でも黒人でもない様々な人種に向けて前に進ように投げかけた、カントリーとブルースの中間を行くような彼のスタイルで、反乱と復興の狭間のなかを。

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